ars longa, vita brevis

ars longa, vita brevis. これは英語ではこうなる Art is long, life is short. 「アート(芸術作品)は作者の死後も残る。それに比べて人の一生は短い」みたいな感じだが、そうではない。 「技術(技)の習得には時間がかかる。それに比べて人生は短い」みたいな意味だ。 arsはリベラルアーツ(liberal arts)ラテン語ではartes libereles のars(複数形がartes)で、 英語のartとかartificialの語源。artificialとの関連でわかるように、「芸術」より意味は広い。 ars longa, vita brevis.は、もともとヒポクラテスの箴言のラテン語訳。 セネカの「人生の短さについて」(De brevitate vitae)で引用されている。 arsはヒポクラテスるの書いたギリシャ語ではτέχνη(techne)。英語のtechnicとかtechnologyの語源。 ヒポクラテスの文脈では、医術は一生かかっても極めるのは難しいという感じになり、よく知られた「少年老い易く学成り難し」が近い。 さて、わたしもこれらの格言の通り、人生は短いと思っていたが、10年くらい前からそうでもないと感じてきた。 60代で定年退職して引退し、悠々自適な余生という時代は終わった。 今は70代の人も引退せずかなり元気に現役世代のように働いている(これが良いことかどうかは別だが)。 若い頃から一定のジャンルのたくさんのことを学んできたが、それだけでは長い人生を生ききれない感じがしていた。 つまり、全く別のジャンルのことを40代、50代で一から、かなりの強度で新たに学ぶ必要があると感じていた。 何かを初めようと思って、一歩を踏み出した。

2026年1月19日 · nnnn99999

短編小説が苦手だが、久しぶりに2冊読んだ

なぜか短編小説が苦手だ。 なぜか長い小説が好き。 短編小説は、物語の世界に入っていくかいかないかのうちに終わってしまう感じになることが多いし、面白いものだともっと続いてほしいと思ってしまう。 わたしの理解が少し遅いせいで、たくさんの描写を読まないとなかなか物語の世界に入れないというのが理由だと思う。 それでも最近、2人の作家の短編小説を読んだ。 1冊は、カナダの短編の名手と呼ばれるノーベル賞作家、アリス・マンローの「イラクサ」。 もう1冊は、インド系アメリカ人のジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」。 いずれも女性作家だ。 物語は面白いが、やはり今ひとつ物語の世界に入れないのは変わらない。また、これも男性であるわたし固有の問題だと思うが、生物としての女性特有の話が語られる部分について、共感できないというかなかなか話についていけず、置いていかれた感じになってしまう。 カナダを舞台にした本を読んだことがなかったので、カナダの生活の細部を見られて少し新鮮だった。 あと、ラヒリの方は、登場人物の名前から性別が思い浮かばず、まずそこから躓く。でも話は面白い。 いずれも普通におすすめできる素晴らしい本なので、ぜひどうぞ。

2025年11月5日 · nnnn99999

「ニュースが消える日」 普通に面白いが個人的な事情が邪魔をした

地方の雪国で、部数1万部、週3回発行の地域紙が舞台。 わたしがずっと働いてきた職場と全く同じでびっくり。 全国紙や週刊誌の書評に取り上げられ、評価も高い本だ。新聞業界というか、斜陽産業となった今の新聞記者の心理が丁寧に描かれていて、さらにストーリーも面白い。テーマもいい。 ただ、わたしの身の回りの環境とそっくり過ぎて、普通の人が読めば面白いと思うようなこの業界特有のディテールが、当たり前に感じられてしまい、半分を過ぎるまで面白さがわからなかった。 「ニュースが消える日」(講談社)堂場 瞬一 雑誌連載とかではなく、描き下ろしなので、読みやすくテンポよく進む。普通におすすめできる面白い本です。

2025年10月1日 · nnnn99999

「踊りつかれて」は確かに面白い 少し話が出来すぎているのが惜しいが面白い

昨年、週刊文春で連載していて、リアルタイムで読もうかどうか迷った結果、単行本になるのを待った。 「踊りつかれて」(文藝春秋)塩田 武士 SNSによるいわゆる「言葉の暴力」。 古された表現だが、「言葉の暴力」という古典的用法より、SNS上では段違いに激しく暴力的になっていて、もやや「言葉の」というのが適当ではない。「投稿の」というべきか。 テーマの設定、細部の描写などなどはすばらしいし、すごく面白い。ただ、全体に話がよくできていすぎていると感じる。 わたしはミステリーというジャンルが苦手でほとんど読まないが、そうしたジャンルにあるいわゆる「伏線回収」的なつくりがよくできすぎていて、せっかくの息を呑むようなリアリティーとのバランスが悪いような気がする。 こうした小説では、伏線なんか回収しなくていい。そのほうがなんていうか文学的なときもある。まあ、これらはまったくわたしの好みの問題だが。 とはいえ、この本は面白い。人にすすめられる。 さて、この著者については昨年、「罪の声」(講談社文庫)を読んだ。たまたま入った古本屋に100円で売っていたので。 グリコ森永事件を題材にしたノンフィクションのような小説。 声という切り口が面白く、これも面白い本だった。1年前に読んだので忘れたが、こっちのほうがリアリティーがあったように思う。 でもテーマなどトータルには「踊りつかれて」の方が勝っている。

2025年7月27日 · nnnn99999

気分転換に古本ではない新品の本を買った。

本当に気が滅入ることが続き過ぎ。 連日、法曹の方々にお願いすべき案件に苛まれている。 実際にお願いしている案件がすでに結構な数があり、これからのものも複数同時進行で、気が滅入る。 そこで気分転換をしようと考えた。 気分転換には、好きなジャンルの小説や詩を読むか、あるいはまったく知らないジャンルの小説か詩を読むのが一番いい。 なんていうか、詩を含めて、いわゆるものがたり的なものには、実にさまざまな効用がある。 日曜の夕方になって古本屋に行ったら、ブッツァーティの「タタール人の砂漠」が売っていた。でも、あまり安くなくて(と言っても100円、200円の世界)、買おうかどうかまよいにまよって結局、何も買わず出てきた。 これでは、だめだ。明日は月曜。精神をリフレッシュするのは今夜しかない。 結局、普通の書店に行った。 いろいろあったが、冒頭の写真にある3冊を購入した。 どの著者も初めてだ。 意味不明なチョイスだと感じるかもしれないが、人間の心、精神なんてこんな具合に意味不明だ。 ちなみに、上の3つは無料(実はこういのを隅から隅まで読むのも大好きだ)。 評論は後日。 乞うご期待。 ...

2025年6月1日 · nnnn99999

「街とその不確かな壁」あるいは洞窟の比喩と心の奥

  村上春樹の「街とその不確かな壁」(新潮社)を読んだ。 出版された2023年3月、すぐに購入して読み始めたら、なんだか昔読んだ「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」にそっくりな感じがして、つまらなくてやめてしまった。 2年以上経ったこのゴールデンウィーク、なんとなく暇というか、気の滅入ることが続いていたので気分転換にと最初から読み始めたら、面白かった。 いつも通り、心の奥、物語がテーマだが、なるほど70歳を超えて書く内容だと思った。 心の奥と物語。 本物と影。移ろいゆく心。どちらがどちらか分からない状態。現実と心の中が交錯する。交錯するというかどちらも現実。 ちょっと荒唐無稽かもしれないが、わたしはプラトン「国家」に出てくる洞窟の比喩みたいだという感想を抱いた。 そう、昨年読んだ「新版 プラトン 理想国の現在」納富信留(ちくま学芸文庫)がすごく面白かったからかも。タイトルの「理想国」というのは、国家つまりポリテイアのこと。 さらに、心については「生成と消滅の精神史」下西風澄(文藝春秋)をもう一度読み直そうという気持ちになった。 この本は、わたしがここ3年で読んだ中で、だんとつで一番面白い本だ。 当時の新聞の書評(多分新潟日報だったと思う) 「書評でこんなことを書くのは初めてだし、全く芸のない話だが、この本は、とてつもなく面白かった。ご一読を」 書評委員がこう評していて、本当に身も蓋もない話ではあるが、読んでみると本当にそれくらい面白い。 これを読み直す前に、数年前から積ん読状態になっていた、「アウグスティヌス『心』の哲学者」出村和彦(岩波新書)という新書本を読み始めた。心の奥。アウグスティヌスはわたしの卒論なのでおなじみの話で親しみやすい内容だが、卒論を書いてからちょうど30年経っているので、なんだか新鮮な感じもする。 新しいローマ教皇がO.S.A.(聖アウグスチノ修道会 Ordo Sancti Augustini)だったこともあって、あらためて読んで見ようと思った。 ...

2025年5月11日 · nnnn99999

あまり考えたことのなかった服装の本を読んだ

1か月ほど前に普段あまり考えたことがなかった服装についての本を読んだ。流行っていたから、そんなに面白いのかなって思って読んだら、面白かった。 東大ファッション論集中講義(ちくまプリマー新書)平芳裕子 著 ポイントはいろいろあるが、シャネルのすごさがわかった。ちょっと苦手だなあと思っていたロラン・バルトの言いたいことが少し分かった気がした。気のせいかもしれないけど。

2025年1月27日 · nnnn99999

いまさらの「暇と退屈の倫理学」

みなさんご存知のベストセラー「暇と退屈の倫理学」(國分功一郎)をいまさらメルカリで買ってしまった。 半年くらい前、息子から「この前読んだ」と言われた。わたしは「これは読まなくてもだいたい分かるから読まない」なんてうそぶいていた。 実際、読まなくても言いたいことは分かると思っていたから、今まで読んでいない。 しかし、昨日の仕事の会議で、今の人間の生き方において暇と退屈はとてもいいテーマだということが、昨日の仕事の会議で実感として得られたことから、読んでみようと思った。 言いたいことは分かる気がする。他者に伝えるのは難しい。この、暇というものと退屈というものを伝える技術(知識ではない)が得られるだろうと思って購入した。 でも、この方の著書は、やはり「中動態の世界」だろう。 これのほうがもっと読まれたほうがいい。 暇ということについては、わたしも持論があり、これは後日。 あと、「暇と退屈の倫理学」読後の感想も後日書く。

2024年11月14日 · nnnn99999

「ちょいガチ意味論」がすごく面白かった

先々週くらいに聞いた。忘れないうちに書いておく。 わたしはポッドキャストをまあまあ聞く。 YouTubeよりはポッドキャスト派だ。 筋トレとかストレッチをしながら「ゆる哲学ラジオ」をよく聞いていて、結局最新エピソードまで全部聞いてしまったので、初めて同じ会社がやっている「ゆる言語学ラジオ」を聞いてみた。 これが面白かった。 普段は2人の若者(?)がさまざまな言語学にまつわるテーマで話しているチャンネルだが、今回は最近の新書本「悪い言語哲学入門」(私は未読)で知られる和泉悠さんがゲスト。和泉さんはゴリゴリの言語哲学者。言語学者じゃなくて言語哲学者。この1回だけで3時間以上ある。この時点で超難しそうな予感しかなく、ものは試しと聞いてみた。 聞いてみると、軽快なテンポでわかりやすい。わかりやすいというと勉強とか学習という次元の話になってしまうが、そういうことではなく、なんというか単純に本当に楽しく面白い。 どう楽しいか。 例えば、命題論理、述語論理と言われても単語しか知らないという人が聞いても、話についていけるように進む。難しそうな形式意味論、チョムスキーの生成文法的な考え方や言語哲学の現在の立ち位置など(こう書くとすごく難しく聞こえるがこの番組での話は本当にわかりやすかった)、どれも面白かった。 3時間以上あるので、つまみ食い的な面白さではなく、ある程度まとまった内容を知ることができて、その先をもっとやりたい場合にどういう本を読めばいいかまで、話の中に出てくる。この辺もすごく面白かった。このジャンル(ほかの多くのジャンルもそうかもしれない)特に言語哲学は英語の本になるが、日本語の4巻本、飯田隆「言語哲学大全」がこの分野で今でも世界的にも良いと紹介されていた。この本の存在は知っていたが、これは初めて知った。

2024年11月13日 · nnnn99999

マット・ラフ「魂に秩序を」 新潮文庫史上最も厚い本

  ちょっと前、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」が新潮文庫で出版されたことが話題になっていた。 「百年の孤独」の文庫化もちろん「百年の孤独」はハードカバーで持っている。 これ。少しというかなり汚ないこの本、超有名で超古典なのに、ずっと文庫化されなかったので、話題になっていた。「文庫化されたら世界が滅びる」と言われていたとかなんとか。 マット・ラフ「魂に秩序を」さて、書店に文庫化された「百年の孤独」を見に行ったら、同じ新潮文庫からマット・ラフ「魂に秩序を」という分厚い本が並んでいた。 新潮文庫史上、最も厚い本だという。 確かに厚い。1088ページ。 だけど、最近の本は、昔に比べて文字のサイズが大きいし、すかすかだから、結果的に厚くなるのは仕方なく、その結果「新潮文庫史上最厚」になるのだと思う。 多分、同じ新潮文庫で長編小説としては、ドストエフスキーの「白痴」とか「悪霊」の上巻(昔の本)のほうが文字数は多いのではないかとも感じる(調べたわけではないので違うかも)。 さて、厚さはどうでもいいが、中身だ。 帯には、「ミステリー、青春小説、ノワール、冒険小説、サスペンス、成長小説、モダンホラー(以下略)すべてが詰まっています」とある。 多重人格障害のアメリカ人が主人公で、最初はビリー・ミリガンみたいな話かなと思ったけれど、帯の通りいろいろあって物語は面白い。分厚い割に登場人物も少ないので読みやすい。 おすすめかと言われると、まあまあ。なんていうか普通に面白いという感じ。 個人的の嗜好になるが、去年か一昨年に読んだブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」には負ける。 「巨匠とマルガリータ」についてはまたいつか書く。 「族長の秋」も文庫になるようださて、これを書きながら調べていたらガルシア・マルケスの「族長の秋」も来年文庫化されるそうだ。 「百年の孤独」はこの手の文庫本にしてはものすごく売れているそうだが、どれだけの人が最後まで読めたのか気になる。 「族長の秋」は読んでいないし、持っていない。 わたしが学生だった1990年代前半に文庫化されていたのは、「予告された殺人の記録」(新潮文庫)、「エレンディラ」(ちくま文庫)、それと文庫でも小説でもないが、「戒厳令下チリ潜入」(岩波新書)。この辺はみんな読んでいたと思う。

2024年11月12日 · nnnn99999