新型コロナ
【お知らせ】 新型コロナに感染しました。 しばらく休みます。
【お知らせ】 新型コロナに感染しました。 しばらく休みます。
久しぶりに土日とも休みで、ずっと一人で家にいたので、久しぶりに映画と本を堪能した。 エヴィル・テリエの「異常」(アノマリー)本は、エヴィル・テリエの「異常」(早川書房)。最近、小説をあまり読んでいなかったこともあってすごく面白かった。 SFやミステリーというジャンルの本はほとんど読まないが、これはいわゆる「小説」としてもすごく面白かった。ネタバレになると台無しなので内容書けないが、一言で表すとしたら、知的な面白さがすごい。 最近、筋トレをしながら小島秀夫のポッドキャストが聴いていて、あの小島秀夫がすごく面白いと言っていたので買ってみたら、大当たりだった。 テイラー・スウィフトのMiss AmericanaNetflixでテイラー・スウィフトのドキュメンタリー「Miss Americana」を見た。 昨年はオリヴィア・ロドリゴだったが、最近はテイラー・スウィフトのMidnightsばかり聴いているので、なんとなく見てみた。 面白かった。なんていうか、やる気が出た。

私見です。 さすが、いまさら? いまどきに?「広告代理店」。 ほんとに時代錯誤。腐っている。 発端は、わたしたちの著作権を堂々と侵害し、さらに、その事実を認め、形式的には謝罪とみられる表明をしたにもかかわらず、なんらの回復措置も、賠償も、あるいは可能な対応も、一切しないということ。 わたしたちの地域に存在するまあまあ知られたいわゆる「広告代理店」だ。新潟県上越市のバーツプロダクションという会社による行為だ。 ここに表示されている、ちりつもなんとかという団体の事務局はバーツプロダクションで、これらの投稿は同社によるものだ。これは裏もとれている。 これこういう言い方は賛否が分かれると思うが、田舎の(田舎だけではないかもしれないが)広告代理店とうのは、こういうところが多いという印象だ。 (これ余談) 以下、今回のケースについての説明。 ─────────────────────────── 問題の発端はこの投稿(このリンクはFacebookのもともとの投稿のリンクです。コメント欄をご覧ください)。 投稿で使われている写真はわたしちのものだったので、わたしは、コメント欄で、いわゆるコラージュなど適法な使用の可能性がわずかにあることから、若干丁寧に見解を求めた。 回答は「この度は大変申し訳ございません。以降 無断での転載は一切たしません。大変失礼いたしました。」。 これは、一般に適法ではないとう認識の表明だと理解するしかない。しかし、写真は掲載されたまま。さらにほかの投稿でもわたしたちの写真が使われていて、その写真もそのまま掲載されたままだ。 仕方がないので、わたしは次のようにコメントした。 「これはすなわち、損害を算定して請求せよというのが貴社あるいは貴団体の考えであると理解していいのでしょうか。」 1日経っても、返事がない。 これがバーツプロダクションという会社の行為。 こんなくそみたいなことをやっていても、一方では、地域や地域経済のためにやっていて地域振興に寄与していると思われているきらいがある。 ほんとばかばかしい。 地元の地方公共団体も同じロジックで、こうした団体(この会社以外にもたくさんあるので後日紹介したい!!!)とつきあわないと進まない事業も結構ある。 ちょっとありえない。 ばかばかしすぎる。今の日本の閉塞的な現状は、こうした意識というか文化によるものだとわたしは考える。こういうばかななことをミクロにもマクロにも少しづつ、ここ20年くらいずっと許してきた結果だと考える。 「衰退」するというのは、こういうことの繰り返しなのだと思う。 「衰退」というのは、マイルドな言い方で、率直に言うと「滅び」「滅亡」という言葉のほうが近い。 がんばれよ。 がんばるのは、だれ? ───────────────────────────
ばかばかしいことが多いので、投稿はやめようと思っていた。 しかし、地元紙や地域紙にたびたび掲載される団体が、公然とばかなことをするという事態に直面して、思わず投稿してしまった(さっき)。 まあ、こういうのが、わが国はもちろん、それの基礎となる地方も地域も疲弊しているというかだめになってきていることの、一つの現れなのかなと。
安倍晋三元首相の暗殺事件を機に、21世紀にもなってこの日本で「カルト」という単語が、その実態を含めて(ささやかながらだが)テレビや新聞で語られるとは、ちょっと想像できなかった。 その数か月前、「セクト主義」、「セクト」という単語が地元の市議会で使われたことに、ちょっとびっくりしていた。市長の思想信条の来歴を問う文脈だった。これもある種時代がかった単語だ。 カルトとセクト。 日本語の文脈だと、前者は宗教で、後者は社会的な思想や主義主張と、分けて使われている感じだと思う。 今話題のカルト宗教の「カルト」は、英語ではもちろんcult。ドイツ語はsekte。フランス語はsecte。 印欧語の一部では、カルトとセクトは同じというか重なる意味で使われている。 これは語源学に詳しくなくとも、たとえば有名なところでは、プロ倫などマックス・ウェーバーの一連の著作やその周辺の本を読んだ人には、ゼクテとカルトの重なりが容易に理解できると思う。 セクトとカルト。 カルトとセクト。 (カルトはもちろんそのつづりと響きからもわかるように、もともとラテン語のcultus。カルチャーにもつながる言葉だが、そこまで行くにはちょっと寄り道的な説明が必要なので省略)。

最近、本物のバカの相手をしなければならない案件があり、気がめいる日々が続いているのだが、ほんの少しいいことがあった。 先日、品薄のPS5(PlayStation 5 Digital Edition)の抽選販売に当選した。発売から何回も応募してきた。 最近はゲームをやる時間を確保することもかなり難しいので迷ったが、せっかく当たったので購入した。 実はわが家にはすでにPS4が3台ある。1台は発売当初に新品を購入し、残り2台は中古。 PS4が3台あると言うと驚かれるが、決して金持ちなのではない(金があれがもっといいものを買っている)。3台買っても数万円で、ゲーミングパソコンを1台買うのと比べると、桁が違うくらい安い。3台あると2人の子供とわたしの3人で、Apex Legendsなどでチームを作り戦えて、これはとても楽しい。 PS4でわたしが一番好きなゲームはFallout 4。これは何時間やったか分からない。 もちろん、Call of DutyシリーズやBattlefieldといった戦争FPSも好きなのだが、最近は年のせいか難しく感じてしまいやっていない。 PS5では、ELDEN RINGをやってみたい。DARK SOULSシリーズは少しやってみて、評判どおりの死にゲーで断念したが、ELDEN RINGはそのへんのバランス、評判も良さそう。 問題はやる時間が確保できるかどうかだ。

吉川タイムズが上越タウンジャーナルを訪問して「お詫び」したと投稿しているが、投稿内容があまりに事実に反している上、約束したことを反故にする内容で、正直驚いた。ほぼすべてが、曲解というか嘘というしかない内容で、あまりにひどすぎるので、以下指摘する。 これがその投稿 「執筆した記者に対応いただきました」とあるがそんな説明は一切していない。上越タウンジャーナルは無署名の記事がほとんどなので、誰が書いたかは基本的に明らかにしていない。今回も同様で、わたしが対応したのは編集責任者だからだ。記事を書いたから対応したわけではない。 「弊紙のお詫びはすでに掲載しておりますが」とあるが、盗用を認めた上でのお詫びはこれまでも現時点でもウェブサイト上には一切ない。面会した際は、盗用を認め、盗用したことをウェブサイト上で明らかにすると約束していた。 「A記者により数点の指摘や要望がございました」まずA記者というはここで初めて出てくるのでだれなのかわからないが、仮にわたしだとしたら、「これを受けて、弊紙全記事を点検し、吉川区のイベント等、また、直接取材の記事を残し、削除いたしました。」ということが事実に反する。わたしが求めたのは次の3点だ。 盗用したことを認め、すみやかに公表すること盗用の全容を自ら検証し、公表し、読者に説明すること上越タウンジャーナル以外からも盗用していることが明らかなのだから、その被害者(地方紙など)に対しても、上越タウンジャーナルに対して行ったように説明と謝罪をすることわたしは、3つを行うという確約を得て面談を終えたと認識している。 しかし、今回のウェブサイトでの説明では、1の約束は完全に反故にされている。残り2つも「数点の指摘や要望」という言葉で読者には隠蔽されており、やるのかやらないのか明らかではない。 「誹謗中傷、ネガティブキャンペーン」最後にある「フェイスブックを含むネット上で弊紙への誹謗中傷、ネガティブキャンペーン、吉川区への中傷等を行っておられる方はおやめくださいますよう、お願い申し上げます。」というのも本当におかしい。 フェイスブック上でみられるのは「誹謗中傷」などではなく、ほとんどが正当な「批判」だ。ジャーナリズムを標榜している自称ニュースメディアが堂々と盗用を繰り返していれば、批判されるのは当然だ。それを誹謗中傷とかネガティブキャペーンと表現するということは、盗用の事実を認めていないということを意味することになる。 以下は細かいことだが……さらに… 「上越タウンジャーナル問題」「上越タウンジャーナル問題」というタグを設置しているが、上越タウンジャーナルは被害者で、盗用という問題を起こしたのは吉川タイムズだ。自らの違法な行為について言及せずにその被害者を「問題」と定義するとは…。 「顧問」?「今後に関しましては、法的な問題も含めて弊紙の顧問と相談します」とあるが、この「顧問」という人がもし実在するなら、なぜこんな対応を許すのか理解できない。 終わりだと思っていたのに 記事、写真を多数盗用した上、このような対応は考えられない。もうこの件は先方で自ら検証してもらって終わりだと思っていたのに…。 ほんとばからしい。

謝罪ということで、相手方がやってきた。 やってきたのは2月25日の午後1時。 今は2月26日の午後22時半前。 相手方のウェブサイトに書かれている弁明が、直接聞いた内容と大きく異なっているので、まずは何より先に、早急にウェブサイトの記載を正しい内容に変えるように求めたのだが、実現していない。
昨日の続きです。 (話の元になっている記事はこれ) 相手(吉川タイムズという団体?)から直接の反応がありません。 「反応」という言い方は、かなりマイルドでした。かんたんに言うと連絡すらないということです。 わたしたち(あえて複数形で語るけど)は、違法であるという指摘、または主張をしています。 わたしたちの主張は、「あなたのマナーが悪いですよ」とか、「あなたのやり方が気に食わないです」ということではないのです。 違い 「あなたの行為は違法ですよ」 「あなたのやり方が気に食わないです」 上の2つの文の意味は、平たく言うとまったく次元が違う。 どっちも無視しようが、あやまろうが、怒ろうが、それは自由(自由とはまさにそういう意味)。自らの責任でどうするか決めればいいし、選べばいい。究極的には、これが自由の意味です。 でもわたしたちが主張しているのは前者(「あなたの行為は違法ですよ」)です。 そして違法な行為による被害者はわたしたちです。 我が国の制度では、違法な行為を償う方法は、もちろん被害者による復讐ではなく、司法手続きに従い、民事事件では損害賠償(お金で損害を賠償してもらうこと)、刑事事件では刑事罰です。 (近代以降の思想、考え方によりできた仕組みです。個人的にはこれが絶対であるとは思っていませんが、今はこれがルールです) 今後 無視されると今後はどうしたらいいか。 これは自動的です。ルールに従うだけです。オートマチックに進みます(これ、一般的にあらゆることがそうなのですが、世間ではそうしないことが多いのが不思議です)。 どうする? 無視されると、交渉も対話もできません。 まずは、民事訴訟で、損害賠償請求します。この手続きは裁判以前にもありますが、どうせ無視されているので手順を踏んでも意味がなさそうなので最初から、訴訟上の請求としてやります。 次に、今回の件は著作権法に刑事罰もあるので、訴追を求めます。司法機関、すなわち司法機関に告訴します。具体的には上越警察署に告訴状を出します。 これら当たり前のことです。考えなくても、なんの価値判断も必要とせず行います。言葉が通じない相手(言っても無視する人)に権利を侵害されたら、これらはオートマチックに実行されます。これが我が国に限らず近代国家に住む人たちの一般的な仕組みです。 ちょっと説明的に長く書きましたが、こういうの当たり前だと考えています。 ─────────────────────── あーー、なんか、残念すぎる。なんだこりゃという感じ。ほんとばからしい。

今日は、すごく些細なことについて記事を書いたが、もちろん本来わたしたちが戦うのはここではない。 当たり前だが、分かっているし、今回の件についてはは書く必要がないと思っていたし、今も思っている。 しかし、あまりにもおかしいことが目の前に現れたときに、それを放置するかあるいは黙認するということはできない。というかするべきではない。 現実の問題というのは、些細なことの積み重ねだし、現実というのはそういうことだ。 権利が侵害されたときに、それを阻止する行動に出ないというのは、わたしは想像できない。少なくとも、行動にでなくとも、最低限主張はする。 権利の上に眠っていたら死ぬ。 これは田舎だろうがどこだって、普遍的な感じがする。 今回の記事はそういうこと。 あー、ばからしい。